モビットで限度額を引き上げる

入る金・出ていく金

"20年も前の話です。
当時、年齢にしてはそこそこの所得があり、外車・国産車・オートバイ6台を所有し、新築賃貸マンション3LDKで独身貴族な生活をしていました。当然、家賃やオートローンのみの支払いは、毎月26万円程度ありましたが、それでも手元には10数万円残るので気になることはありませんでした。

そんな生活の中、職場の移動があり残業が無くなる事態になりました。残業無しの手取り給料は約30万円。家賃、光熱費、ローンなど諸々支払うと、残りは1万円程度。1ヶ月の交際費と食費です。派手に生活していたこともあって貯蓄は殆どありません。300円/日で生活するなど絶対に無理で頭を抱えました。

お金作りをはじめました。先ずは車を1台にし、オートバイも車検の無い250ccを1台残し、他の5台は売りさばきましたが
売値が二束三文のため、ローンの残債は大きく減ることはありませんでしたが、1ヶ月の残り金が4万円程度になりました。がまだ余裕がないことに変わりありません。

次に、安いアパートへの引越しを考えましたが、引っ越し費用が無いため諦めました。そこで、はじめに食費を抑える方法を考えました。
@外食の禁止。
A毎朝2合の米を炊く。
B卵賭けご飯で朝食。
Cおにぎりを1個作る。残りは冷蔵庫に保存し、炊飯器の電源を切る。
Dコンビ二で納豆か豆腐を購入し、昼飯。(たまに同僚がご馳走してくれる場合は肉野菜炒め定食をいただく)
 この場合おにぎりは夕食になる♪
E冷蔵庫のご飯とキムチなどで夕食。(たまに友人がご馳走してくれる場合はレバニラ炒め定食をいただく)

1年位この生活を続けました。勿論合間にボーナスという臨時収入がありますが、大半をローンの返済に充てました。
貯金ができる余裕までは、2年位かかりましたが、煙草とも縁が切れ体重は10kg近く減り、会社の健康診断でも健康優良児となっていました。
"

レジに並ぶ前に確認すべし

"私は主婦。旦那さんのお給料で、1ヶ月を生活しなくてはいけない。
限られたお給料の中で、光熱費や通信費、子供の習い事の費用、食費などなど、いろんな事を賄わなくちゃいけない。
日々、節約を心がけた生活をしているが、その方法の一つとして買い物に出かける時は財布に3千円以上入れておかないようにしている。
もちろん、お米やお酒などを買うような時は、その金額をぴったりと足したお金を財布に入れるようにしている。
不思議な事に、財布の中に余計なお金を入れておくと、あっという間に使ってしまうからだ。
1万円札があれば気が大きくなって買い物してしまうし、千円札が何枚も入ってると、知らぬ間に千円札をポンポンと払ってしまうのだ。
だからそれを防ぐために、決まった金額を入れないというのはとても大切である。
だけどたまに、買い物に出かける前に財布の中にお金を入れるのを忘れてしまう事がある。
それに気が付かずにスーパーへ行き、いろんな商品を時間をかけて手に取って選んで買い物かごに入れ、レジに並んでいざ自分の順番になった時に、財布の中に300円しか入ってなかった時にはびっくりしてしまう。
さすがにそんな時は、財布の中に唯一入れているカードで支払うのだが、その時はとてもガッカリしてしまう。
私にとってカードはまるでツケで買い物をしているような気分がするからだ。
しかし、カードがある時はまだいい。
一度だけ、財布を丸ごと忘れてしまった事がある。
レジでさて会計をしようと思ったら財布がなくて、本当に困った。
思わず周りを見てお金を貸してくれそうな知り合いがいないか確認してしまった。
もちろん、そんな都合よく知り合いがいる訳もなく、諦めてレジの人に事情を話して全て返品した。
あんなに恥ずかしい思いは二度としたくない。"

学生時代は困窮していました

お金に困る事は誰にでもあるでしょう。実際に私もお金に困った事は非常に多く、現在でも貧乏生活をしております。しかし、学生時代の頃と比較したら、お金に困る事は少なくなりました。今回は困窮していた学生時代のお話をします。私の学生時代は両親からの仕送りが無い状態でしたので、バイトをしながら生活をしていました。バイトをしながら学校に通っていた人はあまり居なかったので、親の仕送りだけで学校に通っていた友人などに対しては羨ましい気持ちで一杯でした。そんな学生時代の生活サイクルは昼は学校に通い、夜からは泊まりのバイトを週に2回ほど行っていました。泊まりのバイトでの収入は10万ぐらいになりましたが、ほとんどが生活費で消えてしまい、お小遣いはほとんど無かったです。こうした地味な暮らしがしばらくは続きましたが、そんな生活に嫌気が差した事もあり、友人からの競馬の誘いに応えてしまいます。それで一気に困窮してしまいました。少しだけ遊ぶぐらいなら良かったのですが、給料の全額を競馬に投じて、大変な事態になります。公共料金は支払えずに止まってしまい、家賃も滞納しましたから、アパートを追い出される寸前でした。幸い、この事態に姉が気付いたので、アパートを追い出されずに済みましたし、生活も元に戻りました。しかし、電気、水道、ガスが止まっていての生活は大変でした。この期間は数人の友人の家でお世話になり、乗り切ったのを今でも思い出します。

お金に困っている私達

"お金に困っていると、気持ちまでしぼんでしまいそうです。でも、毎日暗い気持ちになるのは良くないと思い、なるべく明るく振舞ってきたものです。独身の時の様に、何もお金を気にせず、好きな物を買ってみたいものです。

私が子供達と良くすることですが、家じゅうのコインを集めまわり、コインだけで買い物が出来るか、子供達と楽しく買い物をすることもあります。また、本当は食料品の買い物に行かないといけないのに、我慢をして冷蔵庫にある物だけでおかずを作ったり、空っぽになるまで待とうとしたりしています。

そして、車を運転している時はいつも、今月をどう乗り切るか、他に無駄な出費はないものか色々と考えています。そしてぎりぎりの月や、支払いが足りない月は、とてもはらはらします。最初は心配で、眠れなくて、寝ても夜に目が覚めたりすることもありました。
でも、人間は慣れるものです。今では、お金が足りない月でも、どんと来いという気持ちです。気にしても仕方がない、払えない物は払えないと思うのです。
だからそうならないために、なるべく食料品を削っています。

でもお金の事ばかり考えて、節約をしている私を子供達はちゃんと見ているものです。お金に困っているの?お金貸してあげようか?などと聞かれます。長女は、私に気を使って欲しいものを言わないで我慢したり、高いんでしょ?だったらいらない、と言ってきます。

見かねて旦那はかわいそうな思いをして、と言っています。"

一年間の失業で学んだこと

"結婚して、夫婦共働きで普通に幸せに暮らしてきました。
ところが、かつてのリーマンショックのすぐ後に、夫が勤めていた会社をクビになりました。
それ以前にも、何度か転職していたし、技術もあるので今回も、転職はそんなに大変ではないと決め込んでいました。
ところがこのたびは、世界的にも大恐慌だった時期でもあり、面接を受けても受けても全く受かる気配はなく、結果的に一年間失業することになってしまいました。
私の方は、ずっと同じ会社に勤めていたので、定期収入はありましたが、ただでさえ家賃の高い都内のマンションで、私一人だけの収入では到底暮らしていけない日々でした。

もちろん出来るだけ節約をして、毎日を暮らしていましたが、それでも出ていくお金はあります。
この時ほど、お金に困った時はありませんでした。
結局、私の両親にお金を援助してもらって、1年間はやり過ごしました。
失業保険も多少は出ていましたが、それでも先の見えない不安と毎日戦っていました。

お金がないというのはこういうことか、というのもその時に学んだ気がします。
外食は一切止めにして、毎日工夫して食事も作っていました。
お陰で自分の家の家計を、今一度見直すチャンスになりました。
そうすると、結構無駄なものが見えてきました。
毎月何気なく引き落とされているモノをもう一度見直して、不必要なものはバッサリと切って行きました。
節約することを学んだので、どこにお金を使ってどこで締めるか習得していきました。

その後、やっと再就職できて、今はその時の教訓を生かして生活できています。
色々学べた良い機会だったと、今では思えています。"

親にマイホームの頭金を借金しています

"私はマイホームを購入する際に頭金として実家の両親に数百万円のお金を借りたのですが、そのことを今では少し後悔しています。
親が家を購入する子供に援助するというのはよくある話かもしれませんが、うちでは一応お金は借りただけで少しずつでも返していくつもりで親から借りたのですが、銀行への住宅ローンの返済もあり、子供二人の今後の教育費なども考えると親に対する返済がどうしても滞りがちで、親の方も半分あげたつもりだから無理に返済しなくてもいい、と言ってくれるだけに、それに甘えてしまう気持ちもあり心苦しいです。
注文住宅を建てたので周辺の一戸建ての相場よりもかなり高い金額になってしまったこともあり、分譲住宅を購入していたら親にこんなに借りなくても良かったのにな、と思うと家はとても気に入っているのですが自分たちの身の丈以上の家を作ってしまったような気もして、後悔している面もあります。
実の親からの借金で親が返すように言ってきているわけではないですし、特別お金持ちではないにせよそれなりの資産はあるようなので私が借りている分を早く返さなくてはいけないというわけでもないのですが、やはり返すつもりで借りたものを返さないというのは自分の気持ちとして落ち着きませんし、こんな年にもなって親に甘えて親に申し訳ないなと感じています。
やはり借金をする時は、どんな相手であれきちんと返せるか考えて借りるべきだし本当にそれを借りなければならないのかを熟考する必要があると実感しています。"

借金して車を買ってしまって後悔しました

" それは私が30代のときです。給料は20代に比べれば、10万円以上上がったし、まだ独身だったので、少しいい車でも買えば、彼女でもできるかもしれないと思って、今は廃盤となったセリカXX2800GTというスポーツカーを税込みで270万円で買ってしまいました。現在の物価でいうと、600万円くらいの高級車でした。何せ後継車はソアラでした。
 当然、借金で5年ローン60回払いです。当時はバブル前夜という景気が沸騰する直前のマグマが溜まっている感じで、ディラーがすぐに貸してくれました。頭金20万円で、借金250万円の60回払いで、金利が12%だったと思います。当時の定期預金で一番利率がいいのが年7%でしたので、借金の金利も高かったのです。
 ところが、こいつは燃費は悪いし、タイヤはチャチなので、タイヤとホイールを扁平率35%のピレーリに替えるだけで、軽自動車1台くらい買える値段となります。また、これもローンを組んで60回5年払いです。まるで、車のために働いているような生活でした。
 その頃は、金利の怖さなんて全くわかっていなかったので、250万円を60回で、12%の金利で払う額を全く知りませんでした。
 なんと総額が、336万円と86万円も余分に金利を払っていました。薄々と余計なお金を払っているような気がしたのですが、今さらローン変更なんて大変だなと考えるくらいのレベルしか持ち合わせていませんでした。
 これではお金など貯まる訳がありません。
 結婚する頃、私はわずか30万円しか貯蓄額がありませんでした。お金もないのに背伸びした生活は絶対いけないと、つくづく思った5年間でした。"

若かった私の理不尽な借金経験

"私は半世紀近く生きてきて、借金をしたことが何度もあるのですが、その中でも自分の無知から借金してしまって、後悔している事についてお話ししてみたいと思います。

私はどちらかというと裕福な家に生まれて、親のスネをかじって何不自由なく大学まで卒業させてもらい、そこそこの中小企業に入社する事が出来ました。
当時は今ほど景気が悪くはなくて、その会社も順調に経営しているように思われました。

そんなとき会社の常務から、君に頼みがあると言われて信用金庫のカードローンを作る事になりました。手続きは全部やるから名前だけ貸してくれと言われて、会社役員からの頼みだったのもあり、まだ青かった私は、了解して、カードと通帳まで渡してしまいました。もちろん自分ではお金はおろしていなく、ただ口座を作る為だけと勘違いし、いつしか忘れてしまっていました。

”大丈夫!管理は全部経理でやるから”と言っていたことで、余計に信用してしまったのかもしれませんが、今にして思えばまったくもってバカにもほどがあると、思い出すたび自分が情けなくなります。

数年後、そんなことは忘れていた私に、驚きのニュースが飛び込んできました。会社の倒産でした。まさに寝耳に水。会社の寮に住んでいた私は、ある日突然仕事と住居を失ってしまったのでした。

取引先の大手メーカーから、たくさんのトラックがやって来て機材を回収しに来て騒然としているなか、カードローンのことが心配になった私は経理へ急ぎ向かいました。そこで経理担当の人から言われた衝撃のひと言が、未だに心に刻み込まれています。

”そのカードローンの通帳とカードは預かっているけど、常務が勝手にやっていた事で、経理はノータッチです。会社とは関係ありません”と言われてしまいました。しかも通帳には未だ50万円近くの借り入れが残っていたのです。

役員でもある常務は何処かへ消えてしまい、結局、私名義の借金を私が返済することになってしまったのです。それからつらい日々が続きましたが、なんとか乗り越えることができましたが、本当に軽卒だったと後悔しています。

"

人生を狂わせる借金

"みなさん誰しも、借金なんてしたくないですよね?
借金をせざるを得ないことになった場合はしょうがないですが、みずから、借金をしてまでいろいろなものをほしいとは思いません。
自己破産してしまって、借金をしてしまったなど、私の周りにはそうゆう方も居ますが、クレジットカードでいつもお買い物をしていると、思わぬことに、多額の金額でお買い物をしていたりと、気づかないうちに借金になってしまうという、問題もあります。
私は、四人兄弟の末っ子ですが、上の兄が150万円もの多額の借金を背負ってしまったこともありました。
それを、見ているから私も借金というものは、とても恐ろしいものだなと改めて感じさせられた事件でした。
兄は、金融会社から、安易な考えで少し借りてすぐ返せばだいじょうぶだという、考えがあったのだと思います。
バイトもしているし、給料が入ったら返せばいいやという思いがあったのか、少しの金額と思ったら、自分のほしいものは、あらゆるところに、転がっているのですから、誘惑されてしまい、積もりに積もったのだと思います。
バイトも、なかなか入れなくなってしまったり、そう時に限って、お金は入らないものですよね。
利息は高いし、見たくもない明細を見ないでいつも捨ててしまっていたので、みるみるうちに、利息も高くついてしまい、150万という高額な金額までになってしまいました。
兄は、この事件があったっきり、とても落ち込んでしまい、お金の話になると顔つきがガラッと変わってしまうようになってしまいました。
借金って本当に恐ろしいものですね。"

海外留学を名目に遊び放題で大量キャッシング

"借金をしたきっかけは、海外留学でした。留学とは言ってもワーキングホリデーといって、学生で無く、30未満の社会人が指定した海外で一年間取れるビザの事です。
このビザを取ると海外で最高三ヶ月働く事が可能になります。
しかし、働かない人もいればただ遊びに行くだけにビザを取る人も大勢います。
30歳までという制限があるので、それまでの経験として行く人が多いのだと思います。
私は語学留学という名目でオーストラリアのシドニーに行きました。
行こうと考えていた当時の所持金はおよそ150万円程度でしたが、最低30万円あれば十分に行ける額です。
しかし、そのことをそんなに知らなかった私は、高いエージェント料だけで50万円以上は使い、当時は円安だったのでお金がドンドン減っていきました。
海外ではお金を持ち歩かない方が良いというのは聞いていたので、楽天でクレジットカードを作りました。
とにかくキャッシュがなくなれば、銀行からお金を下ろすよりもキャッシングをしてしまう方が気楽で、しかもよくお金を使うパブなどにATMが設置してあった事から遊ぶ名目でお金をどんどん使うようになりました。
今思えば後にも残らないものにお金を使っていたので、本当に大後悔です。
お金を150万円持って行った一年後にはマイナス45万円になりました。
なんとか月に4万円くらい払っていく生活が続き、すぐに完済をおえたのですが、それが今もあると思うとゾッとします。
帰国後すぐに就職できたのは不幸中の幸いでしたが、二度とキャッシングはしないと心に決めました。"

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